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*Complex+Drive*

勝手に上から目線の、真っ黒な。

逃げるは恥だが役に立つ。

※流行ったドラマと全くの無関係…ではありませんが、主に私の話です。

 

 

逃げるは恥だが役に立つ

 

初めてこのタイトルのコミックスを手に取った時、私は額面通り「逃げても良いのだ」という意味で受け取った。その他、表紙全体に散りばめられている熟語群(永久就職・少子化事実婚etc…)にも惹かれた。何故なら私は離婚した直後で、ありとあらゆる【世間体】から逃げている真っ最中だったから。

 

海野つなみ先生の著作では『回転銀河』も好きだ。その頃私は結婚していて、他に好きな人がいた。浮気がしたかった訳ではない。気がついたら好きになってしまっていて、この誰にも言えない罪悪感をずっしり腹に抱え込んでいた。浮気や不倫を責め立てる既婚者たちに対し“何故自分は夫または妻以外と、金輪際恋に落ちることなどないと断言できるのだ”と怒りを持って問い質したかった。『回転銀河』に出会ったのはそんな頃だった。

 

『回転銀河』は不思議な恋愛オムニバスで、禁断の恋を描くにも、そこには情熱や障害というより、氷点下の水が常に足裏を浸しているような、冷たい現実を受け入れながらそれでも尚愛を育まずにはいられない両者が淡々と描かれていた。傷つけて初めて気付くという既に叶うはずもない恋心、誰かを好きな彼女が好きという報われない恋など、海野先生の描く物語はチクチクと私の胸を刺して、同時に励ましてもくれた。決して知られてはいけない、気付かれてはいけない恋をしているのは自分だけでは無いということを。抱えている罪悪感こそが贖罪であるということを。

 

意外にも、この時インターネットは何の救いにもならなかった。相談内容は圧倒的に浮気をされた妻、もしくは既婚者を好きになってしまった独身女性で占められていて、更にその大半が怒りを伴った投稿内容であり、立場上怒りをぶつけられる側にあった私の悩みをより深くするだけであった。 

 

逃げるは恥だが役に立つ』は、そんな縁のある作家さんの作品でもあったから、また少し助けてもらう気持ちで手に取った。世間体や倫理観や道徳や常識と呼ばれるものから逃げ出した私に、都合の良い何かを与えて欲しかった。

 

相変わらず、海野先生はそんな生半可な理想郷など安易に与えてはくれなかったが(『回転銀河』だって当然の現実を指し示していただけだった)、それでも“就職→恋愛→結婚→出産”という、私達の親世代には至極まっとうな女性の幸せが多様化していて、更に今まさにそれが複雑だという現実をぽんっと表に出してくれた。

 

正社員だけが労働者ではない。家事は妻の仕事ではない。結婚がゴールではない。

 

作品として誇張されている面は多々あれど、今は本当に幸せの二極化が進んでいて、それがどうにも互いに相容れない。結婚をして子供を産み育てることが幸せと考える人と、自分の時間やお金を自由に使うことが幸せと考える人とが、それぞれまとまった数になってきているにも関わらず、お互いの主義主張を認めるに至っていないのが現実だ。

私は現在アラフォーでバツイチで子供がいなくて事実婚状態でとても幸せな訳ですが、こう書いてみてもやはり強がりにしか聞こえず、客観的にも負け組の要素しか感じられない。それはやはり私の両親の期待を多大に裏切っているという罪悪感が大きく影響しているように思う。また、実際に「本城さんだって、これから子供が出来る可能性だって十分あるし」とか「○○さんが籍を入れるらしいからお祝いしよう」とか言われることがある。結婚して子供を授かることが全女性の希望であるかのごとくに。面倒くさくて「そうですねぇ」と適当に相槌を打っている私もいけないのだろうか。もっと声高に「そこに私の幸せは無いんですけどー!」と叫ぶべきなのだろうか。

 

結論として、私は“安定した主婦業”から逃げ出して、今までにない幸福感に満ち溢れている。負け惜しみだと言うなら言えばいいし、他人の人生を踏みにじった人間が幸せだなんて赦せるものかと怒れる人は怒ればいい。この先に大きな悲しみが待ち構えているだろうけれど、その時の為にもこの幸せをしっかり実感しておくのだ。悲しみや辛さの中でも、今の幸福を思い出せるように。この幸福を糧にする為に。

 

逃げるは恥だが、少なくとも私の人生においては役に立ったと思います。