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*Complex+Drive*

勝手に上から目線の、真っ黒な。

猫は意外と許してくれる。

新年明けましておめでとうございます。

下書きフォルダに1年前の“謹賀新年”記事が眠っていることは内緒です。いつかきっと彼も日の目を見る日が来ることを信じたいです。

 

さて、今年の年末年始は飼っている猫が風邪を引いてしまって、動物病院に始まり、動物病院で終わる正月でした。看病とは言っても、朝晩のご飯に薬をかけるくらいで、あとは見守るしかないのでとにかく一緒に過ごしていたら、最高の寝正月になってました。

 

私は昔うさぎを飼っていたのですが、大人しく爪を切らせてくれるようなおっとりうさぎではなかったので、定期的に爪切りの為だけにうさぎを動物病院に連れて行ったものですが、うさぎも賢いのでケージに入れるのも大変でひどく抵抗されました。やっと連れて帰ってくるとぷんすかとしばらく見向きもしてくれません。怒っているのです。ケージの端で乱れた毛をひたすら繕って、ぷんぷんと怒っています。うさぎも表情豊かなので一緒に過ごしていてとても楽しかったです。

 

猫は飼い始めてまだ7ヶ月で、病院に連れて行ったのはそれぞれ2回ずつですが、ケージを開くと2匹とも入ろうとするのが不思議です。まだ子猫だからでしょうか。それとも筒状のものを見ると入らずにはいられない猫の習性でしょうか。とにかく猫に関しては「ケージに入ってくれなくて困る」という目には、今のところ遭っていません。

 

そして病院から帰ってきてからも、怒るどころか体を寄せてきて「怖かったにゃん」と言わんばかりの表情です。なんて可愛いんでしょう!うさぎももちろん可愛かったけれど、うちの猫の可愛さはまた格別です。大きくなったら態度も変わるのでしょうか。とにかく今はこの貴重な子猫時代をしっかり記憶に刻みたいと思っています。

 

まだまだこれからのにゃんこ生活ですが、猫はあんまり根に持たないなぁという印象があります。それがとても優しくて心地よいです。謀らずも風邪と共に年越しになってしまった猫たちですが、これからも末永く一緒に暮らして行けるように頑張ります。

1日4時間働く。

パートに出ていた時、天職に巡り逢った。16:00~20:00という仕事だ。仕事の内容は何でも良い。この16:00~20:00という時間帯が素晴らしいのだ。

 

その職場では9:00~13:00という枠もあって、面接官に聞いたらそちらの方が圧倒的に人気があり、16時枠は応募者が少ないから助かるみたいな事を言われて驚いた。その後興味を持って、周囲の人間にヒアリングしたところ、やはり圧倒的に「13時に仕事を終えてのんびりしたい!」「後に仕事が控えていると思うと気が滅入る」と言った理由で、9:00~13:00枠を希望する人が多かった。否、9:00~13:00枠を希望する人しか居なかった、とした方が正しい。

 

私は逆に9:00~13:00に仕事をしてしまうと、①そもそも目覚ましを掛けて寝る必要があるのが嫌だし、②仕事を終えた時点で疲れて何もする気が無くなるし、③仕事を頑張ったご褒美と称してあれこれ盛りだくさんの昼食(アルコール類・ツマミ含む)を買って帰って、④ろくに食べきらないまま夕方から寝てしまい、⑤起きて酒とツマミを口にしながらオンラインゲームを深夜までやって、⑥寝不足…という、至極不健康スパイラルに陥る。

 

これが16:00出勤となると、8:00~10:00にのんびり起床→掃除をしたりブランチしながら録画したビデオを観る→軽く昼寝またはオンゲー→夕飯を作って冷蔵→出社→帰宅後作りおきした夕飯を食べながら録画したビデオを観る→風呂→オンゲー…となり、一転優雅な、まるで出社など無かったかのような一日となる。ちょっと早起きして出社前に映画を2本観るとかもよくやっていた。13:00に仕事を終えて、そこから映画を観に行く気にはならないのに、だ。

 

この感覚的な違いを学術的に何というのかは知らない。ただ、仕事から解放された時間を"自分時間"と呼ぶのなら、自分時間が無いまま仕事に行くのが嫌なだけだ。今はフルタイムで働いていて、嫌々目覚まし生活を送っているが(猫のおかげで嫌々という問題ではなくなってきたが)、それでも例えば食事と化粧の間の10分、家を出る前の5分などにもう一度寝たり、ソシャゲにログインしたりする。 わずかでも良いから起床→出社のプロセスの合間に自分時間をねじ込んでやるのだ。それによって私は何かに勝利するのである(?)。

 

たった3年くらいのモラトリアム期間だったが、あれがあったから今頑張れると思う。一度社会人になったらずーっと働くのでは無くて、ぽっと働く時間を短くして自分時間に重きを置けるような期間が誰にでもあれば良いのに。そうすると自分の仕事に責任を持つ人が減ることは、役所で働いて知っているけれど。 

 

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会社を辞める理由。

何だか全体的にほわっとしていて掴み所が無いのだが、相変わらずうちの会社は気持ちが悪いことは確かだ。

 

 

どうやら一番若い事務の女のコが辞めるらしい。

その辞める時期と言うのが①後任の新人を雇って、まだ見ぬ彼女に仕事を完全に引き継いで②且つ、自分が妊娠したらという、いつになるんだか、辞めたいのか辞めたくないんだか、よく分からないタイミングなのである。

 

「妊娠した」ではなく「妊娠したい」と会社に相談する彼女も彼女だが、相談された会社側も「繁忙期に妊娠されたら困るから時期をずらして」と言ったと言うんだから全くもって不可解極まりない。

妊娠なんてしたこともないし、したいと思った事もないけど、そんなに計画して計画通り進むものなのだろうか。

 

妊娠したら(くどいようだが、彼女たちの前提はifなのである)産休を取って、現職に復帰したいという彼女に、会社は「繁忙期に妊娠するつもりなら、快く迎えられない」と答えたらしく、結局彼女は先程の①②の条件で退職することになったのだ。…うーん、説明を振り返っても全く意味不明すぎる。

 

そもそも彼女が子作りに励んだとしてすぐに妊娠するのかも分からないし、そのタイミングが繁忙期に掛かるかも分からないのに、良くもまあそんな机上空論を前提として「会社に迷惑掛けるなら辞めます。求人出してください。」「おk」という流れになったものだ。1年仕事に携わらないと人が育たない環境で、新人を採って繁忙期を乗り切るより、彼女の子作り宣言を祝福(?)し、できたらできた時に彼女の体調を鑑みて考えるでも良かったのではないかと思う。

もしかして妊活を理由に会社を辞めたかったのではないかと疑いたくもなる話ではないか。

 

彼女はまだ20代前半でとても若いからかもしれないが、私の廻りには不妊で悩んでいる人も結構いる。何の自信があっての突然の妊娠予定宣言なのか。宣言しておいてなかなか妊娠しなかったら、新人の扱いはどうなるのだろうか。疑問は尽きないが、私はこのハリボテのような会社が好きではないので、どうでも良すぎて「…あー…そうなんですね。残念ですね」と当たり障りのない言葉を発したのであった。

 

訳分かんないから早く潰れていいよ、この会社。

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選択肢が増えているようで減っている事実。

パソコンが壊れて、タブレットを買った。auのブックパスを見たら、読みたいと思っていた雑誌が読み放題で読めることが分かったからだ。自分が幼い頃とはずいぶん世の中が変わった。手元の板一つで気になったことはすぐ調べられるし、見逃したドラマは見れるし、買いたいものは家に届くし、読みたい本も読めるようになってしまった。情報過多で、情報は与えられるものではなく、選び取る時代になった。“検索”だ。検索----その手段によって、並べられる情報は随分違ってくることになる。

 

だからこそ、こちらはたくさんの選択肢の中から情報の取捨選択をしているつもりであっても、実は相手にとって都合の良い情報を選び取らされている可能性があることに気がついた。

 

例えば私はブックパスの読み放題プランに加入している。そうすると必然的に“読み放題プランの中から”本を選ぶようになる。語句検索をして、今まで知らなかったような本がたくさん出てきて、片っ端から本棚にストックしていくと、たくさんの情報を得られた気分になるが、そもそも最初から「読み放題の中」で情報が制限され、更に検索上位が優勢というフィルタが掛かることになる。(もちろん本当に読みたい本であれば有料で買うことも出来る。しかしこれだけ“定額”や“無料”に慣れてしまうと余程のことが無い限り手出しは難しい)

 

最近流行りの音楽でもそうだ。ドライブにぴったりの曲、集中力が上がる曲----知らなかったアーティストを知れたり、思いがけない名曲に出会えることももちろんある。でも逆に考えれば“誰か”のカテゴライズに付き合わされているだけで、情報を取捨選択するどころか、全体的に受動的で与えられたものに満足するように、世間に飼い慣らされているのではなかろうか。

 

そんな危機感を持っても、私は別に読み放題プランをやめて街の本屋に出向いたり、古本屋を覗いたり、図書館巡りをしたり----に徹することも敢えてしない。本屋にも古本屋にも図書館にもレンタルショップにも行きながら、電子書籍や音楽アプリや動画サイトにもお世話になる。これが本当の【選択肢が増えた】と言えることだからだ。そうして最初は無料で手に入れたものでも、これはいいと思うものはきちんとお金を払って手に入れ直す。作り手には敬意と感謝の意を持って対価を支払う。それが今の便利なシステムの継続につながり、エンドユーザーの正しいあり方だと思う。

雨の日に思うこと。

前の記事が晴れで、今日が雨とか出来すぎている。

 

突然出来た台風のお陰で、外は雨が降ったり止んだりを繰り返している。雨は嫌いではない。基本引きこもりなので、引きこもってもいい理由を与えられている気がするから。…いや、晴れてても引きこもるんだけど。

 

幼い頃、よく雨の日にシャボン玉を飛ばしていた。

 

玄関の屋根の下に立ち、どしゃ降りの雨に向かって勢いよくシャボン玉を飛ばして、雨粒に次々と破壊されるシャボン玉をぼんやりと眺めた。昔からそういう、退廃的というか哲学的というか詫び錆びというか、そういうものを肯定的に捉えていた。世界は理不尽だった。一方的で抗えないものだった。そういうことを一つ一つ確認していたのだ。

 

癇癪を起こしている子供に向かって怒鳴り散らしている大人を見るたび、この人は忘れてしまったのかなと思う。ほしいものが手に入らない理不尽さ、気付いて欲しいことに気付いて貰えない寂しさ、行きたい所に行けない不甲斐なさ…大人になる頃には抗うことに疲れて忘れてしまうほとんどのこと。だから私は昔に戻りたいとか、あの時ああしておけば良かったとか思わない。今が一番したいことをしているから。全部自分で選び取って行けるから。

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晴れた日にベランダに洗濯物が干してある幸せ。

晴れた日にベランダに洗濯物が干してあると、何故か誇らしい気持ちと満足感でいっぱいになる。

 

英語を勉強していた時に、海外の方とお互いの非ネイティブ言語で書いた日記を添削し合うサイトに登録していて、同じような事を英語で書いて載せたら「何故折角洗った物を汚い外に出すの?」という質問を受けてびっくりした。国にも拠るけど、国によっては洗濯物を外に干す=貧しい地域という認識があるらしい。基本的にアメリカやヨーロッパでは乾燥機がで乾かすのが普通らしい。そう言うこともネットで調べてみて初めて知った事だけど、未だその巨大そうな乾燥機の画像を見たことはない。

 

問いかけに対し私は拙い英語で「太陽光という自然エネルギーを活かした伝統的な日本文化だからだ」と答えた。皆さんならどう答えるだろう?

 

あのサイトで交流していて一番感じたのは、自分が日本人であることと、自分が個であることだった。私の日常や思いは単なる個人の物でしか無いのに、海外の方からすると日本人は皆~という意識がある。逆もまた然りで、アメリカの人の日記を読んで、アメリカを知った気になってしまう。私は彼女を知ったに過ぎないのに。

 

個のみで全体を述べることは危険だし間違っている。また全体から個を決めつけることもあってはならない。貴方も日本人でありながら外に洗濯物を干す行為に抵抗があるかもしれない。それは貴方で、日本人で、私もまた日本人で、しかしこの点では貴方と相容れない。それが連綿と続き世界を構築している。だからこその世界で、認識など何の意味も持たない。ただそこには分かり合えない個が有るだけだ。

私は社長を軽蔑している。

色々な組織で働いてきたけれど、今の会社の社長のことは心から軽蔑している。

  1. 約束を守らない。
  2. 気分屋。
  3. 見栄っぱり。
  4. 八方美人。
  5. 不勉強。

枚挙に暇がないが、お世話になっていた職人さんの親御さんの訃報に、葬式に出席すると回答して、職人さんは本当に喜んでくれたのに、当日平気でドタキャンした時に完全にこの人を見限った。本当、これほど人として軽蔑出来る相手も珍しい。何でこんな人が社長なんてものをやってるんだろうと思うけど、実際はこんな風に“何に対しても場当たり的に調子がいい”人間は社長に向いているのだろう。考えれば考えるほどサラリーマンというのは因果な商売だ。

 

私は基本マニュアル人間なので、システム化された枠内で、きっちり役割を果たしている方が安心する。手順通り仕事を進めていて不具合が生じても、自分に責任は生じないからだ。

しかし問題なのは、そのシステムが効率的かどうかである。今は全く非効率的なシステムに組み込まれている為、非常にストレスが溜まる。そしてそのシステムの非効率さの全ては社長に由来する。

 

想像するに、少人数の仲良しグループのノリで(当然見せかけの“仲良し”な訳だが)会社を運営してきた名残が、本来システマチックであっていいはずの業務に、気持ち悪さを添付しているのだ。例えば

  • 休みの申請は、部署内全員の了承が必要←すごい馬鹿馬鹿しい。一人一人に「○日の日に休んでもいいですか?」聞いて回るという究極に無駄な時間と気力。その癖、他部署には知らせない為、社内で情報が共有出来ていない。
  • メール確認は当番制←更に対外的なメアドが一つしか無いので、全部署宛のメールが一ヶ所に集まってくる。それはそれで社内情報の透明化には繋がると思うが、重要なメールに対して、誰がいつどういった内容で対処しているか、責任元を辿るだけで時間が掛かる。
  • 管理はその人任せ←最低限のシステムすらほったらかしの為、在庫管理する人がいない。手の空いた人、もしくは気付いた人がやる。当日必要な在庫が無くなっていることに当日気付くことはザラ。また注文が重複して余剰になることもザラ。女連中は「男はバカだから管理も出来ない」と見下すことで優位に立とうとしているが、総務部長の名が聞いて呆れる。総務の意味分かってんのかねぇ…。在庫を置く位置も、適正在庫量も、管理表も作らずに、よく人のことバカに出来ると思う。

少人数であれば、みんなである程度の裁量を持って、お互いの仕事をフォロー出来る立場にあったり、気付いた人が動いたり管理すれば回るだろうけど、50人以上規模で管理部門もなく、システム部門もなく、個人の経験値に任せている状態では、ほぼ無駄しか生んでいない。敷地にあふれる不良在庫を見て「整理整頓がなってない」「最近売り上げが落ちてる」と嘆く社長はバカの極みだ。社長が勉強出来ないと、部下は本当に苦労する。

 

私は今の会社を良くしたいとは思わない。意見を求められれば言うし、実際文書で提出する機会があったので伝えたことはあるが、まったくスルーされた。(じゃあ何で求めてきたのか。安易に売り上げを上げる方法なんてあると思ってるの?)

だから私が取り組んでいるのは個人のスキルアップと、自分の仕事のシステム化だ。今はネットでたくさんの人の仕事術を見ることが出来るから本当に楽しい。効率化と道具を考えている時間は至福だ。そして何より考えていたシステムが機能した時がまた嬉しい。

今主に趣向を凝らしているのが、自分が関わった案件が他部署に回ったあと、どうやって完結まで把握するかである。やっぱりファイリングの方法と、他部署への協力要請は必要だよなぁ~皆が分かりやすいようにどう工夫したら良いかなぁ~と考えている。会社は嫌いでも、仕事は好きなんだ。